2008年07月05日
高い・・・
ウインブルドン、女子決勝は姉妹対決。
かつてはウンザリしていたカードだけど、
久しぶりってことで、観戦を楽みたいと思う。
そういえば、長塚京子プロのブログが、
かつて無い頻度で更新されている。
ウインブルドンの裏側なんかも見えて、面白い。
しかも、結構、辛口だ。
ちょっとビックリするようなひと言があったりするけど、
天下の国営放送の解説者として問題無いだろうな
なんて余計な心配をしたり。
さて、ガソリンがバカ高い。
もはや未知の領域の値段である。
車での移動が多いので、週に1回は満タンにするし、
ワタクシの車は、4700ccのV8エンジン。
燃費もあまり良くないので、ホント大変だ。

なんでそんな車に乗っているかというと、
バス釣り用のボートを牽引するためである。

マイボート
これを車の後ろにくっつけて、駐艇場から水辺まで運んで、
揚降しなければいけない。
船の大きさは5~6mあるので、ある程度パワーのある
四輪駆動車でないとダメだなのだ。
このバスボートというヤツ、非常にアメリカンな乗り物で、
ガソリンはハイオク仕様だし、ガソリンタンクは100L以上入る。
しかも、パワー全開で走ると、条件が良ければ90km/hちかくの
スピードが出る代わりに、燃費は1Km/Lという不経済なボートなのだ。
魚を釣るのに、なにもこんなスペックのボートは要らないと思うのだが、
どうにもアメリカ人の考えることはよく分からない。
・・・と言いながら、乗っている日本人はワタクシなのだが。
とにかく、車もボートも恐ろしくガソリンを食う。
とてもじゃないが、こんな原油高の時に出来る遊びじゃない。
そんなわけで、ここしばらくの間、カバーを被せっぱなしで、
まったく水に浮いていない、陸に上がった亀状態のマイボートである。

まあ、遊びはともかく、仕事の移動は極力、電車にしてみようと思う
Ken’sも「チームマイナス6%」に加盟申請したことだし。
はぁ・・どこかにガソリン落ちてないかなぁ。
家の前の公園でも掘ってみるか。
かつてはウンザリしていたカードだけど、
久しぶりってことで、観戦を楽みたいと思う。
そういえば、長塚京子プロのブログが、
かつて無い頻度で更新されている。
ウインブルドンの裏側なんかも見えて、面白い。
しかも、結構、辛口だ。
ちょっとビックリするようなひと言があったりするけど、
天下の国営放送の解説者として問題無いだろうな
なんて余計な心配をしたり。
さて、ガソリンがバカ高い。
もはや未知の領域の値段である。
車での移動が多いので、週に1回は満タンにするし、
ワタクシの車は、4700ccのV8エンジン。
燃費もあまり良くないので、ホント大変だ。

なんでそんな車に乗っているかというと、
バス釣り用のボートを牽引するためである。

マイボート
これを車の後ろにくっつけて、駐艇場から水辺まで運んで、
揚降しなければいけない。
船の大きさは5~6mあるので、ある程度パワーのある
四輪駆動車でないとダメだなのだ。
このバスボートというヤツ、非常にアメリカンな乗り物で、
ガソリンはハイオク仕様だし、ガソリンタンクは100L以上入る。
しかも、パワー全開で走ると、条件が良ければ90km/hちかくの
スピードが出る代わりに、燃費は1Km/Lという不経済なボートなのだ。
魚を釣るのに、なにもこんなスペックのボートは要らないと思うのだが、
どうにもアメリカ人の考えることはよく分からない。
・・・と言いながら、乗っている日本人はワタクシなのだが。
とにかく、車もボートも恐ろしくガソリンを食う。
とてもじゃないが、こんな原油高の時に出来る遊びじゃない。
そんなわけで、ここしばらくの間、カバーを被せっぱなしで、
まったく水に浮いていない、陸に上がった亀状態のマイボートである。

まあ、遊びはともかく、仕事の移動は極力、電車にしてみようと思う
Ken’sも「チームマイナス6%」に加盟申請したことだし。
はぁ・・どこかにガソリン落ちてないかなぁ。
家の前の公園でも掘ってみるか。
2008年07月04日
サフィンとトス
子供のレベルに合わせたつもりで駄洒落を言った。
「おとうさん・・・さむいよ」
ついこの前まで、「フトンがふっ飛んだ」で
大爆笑してたくせに、サムイ言うなぁ~!
どうも、笑いのハードルが上がるのは早いようだ。
さて昨日、なぜか夜中の3時に目が覚めた。
深夜帰宅して、さっき寝たばかりなのに。
TVをつけたら、ウインブルドンをやっていた。
サフィンの試合。
今大会のサフィンは絶好調だ。
とうとうベスト4まで勝ち上がった。
準決勝の相手はフェデラー。
磐石の芝の王者とはいえ、サフィン相手はちょっと嫌だろうなぁ。
簡単に勝つかもしれないし、バカ当たりするかもしれないし、
なんとも予測がつかないのがサフィンだから。
ジョコビッチに勝ったあとも、あのムラっ気がどこで爆発して、
コロッと負けるのだろうと、つい試合を観てしまう。
目が離せないスリリングさがサフィンの魅力だ。
澤村コーチもサフィンの大ファンだそうだ。
天才的なセンスとパフォーマンスが好きなんだとか。
そういえば、キレるパフォーマンスは似てるな・・・
サフィンのセンスとスリリングさは、サービスからも感じる。
トスがまったく安定していない。
バラバラな位置に上がっているように見えるのだ。
それでも止めることもなく、どこにトスが上がろうが、
お構い無しにズドンと打ち込んでいく。
毎回、機械のように同じフォーム打っていくのとは程遠いイメージだ。
テニススクールでコーチがサービスについて
アドバイスする場合、多くは、
「トスを打ちやすいところに上げましょう。
ズレたら打たずに上げ直しましょう」
と言うことが多い。
サフィンはまったく逆である。
しかし、考えようによっては、コーチがあまりにトスの正確性を
強調してしまうと、「トス道場」みたいになってしまう危険性がある。
大事なことは、どう打球するかであって、いかに寸分たがわずに
トスを上げるかということではないのにみたいな。
もちろん、まったく安定しないトスなら、
フォームも含め、上げ方の練習をしたほうが良い。
ただ、ボール1個ぶんのブレも許さないようなこだわりは
正直、ナンセンスじゃないかと思うのだ。
大体、人間の調整能力はそんなにヤワではない。
数センチくらいトスの位置がずれたって、
そこに合わせてラケットを振り出すはずである。
それが証拠に、自分の思い通りには飛んでこない
サービス以外のショットもラケットに当ててしっかり打っている。
だから、体勢が崩れるほどのズレなら、やり直したほうが良いが、
多少の誤差ならじゅうぶん打てるのではないかと思う。
トスの精度にこだわりすぎて、延々とトスの練習をするのも、
実は時間の無駄じゃないのかと思うなぁ。
なんてことをボンヤリ思いながら、サフィンの試合を観ていたら
また寝てしまったのである。
「おとうさん・・・さむいよ」
ついこの前まで、「フトンがふっ飛んだ」で
大爆笑してたくせに、サムイ言うなぁ~!
どうも、笑いのハードルが上がるのは早いようだ。
さて昨日、なぜか夜中の3時に目が覚めた。
深夜帰宅して、さっき寝たばかりなのに。
TVをつけたら、ウインブルドンをやっていた。
サフィンの試合。
今大会のサフィンは絶好調だ。
とうとうベスト4まで勝ち上がった。
準決勝の相手はフェデラー。
磐石の芝の王者とはいえ、サフィン相手はちょっと嫌だろうなぁ。
簡単に勝つかもしれないし、バカ当たりするかもしれないし、
なんとも予測がつかないのがサフィンだから。
ジョコビッチに勝ったあとも、あのムラっ気がどこで爆発して、
コロッと負けるのだろうと、つい試合を観てしまう。
目が離せないスリリングさがサフィンの魅力だ。
澤村コーチもサフィンの大ファンだそうだ。
天才的なセンスとパフォーマンスが好きなんだとか。
そういえば、キレるパフォーマンスは似てるな・・・
サフィンのセンスとスリリングさは、サービスからも感じる。
トスがまったく安定していない。
バラバラな位置に上がっているように見えるのだ。
それでも止めることもなく、どこにトスが上がろうが、
お構い無しにズドンと打ち込んでいく。
毎回、機械のように同じフォーム打っていくのとは程遠いイメージだ。
テニススクールでコーチがサービスについて
アドバイスする場合、多くは、
「トスを打ちやすいところに上げましょう。
ズレたら打たずに上げ直しましょう」
と言うことが多い。
サフィンはまったく逆である。
しかし、考えようによっては、コーチがあまりにトスの正確性を
強調してしまうと、「トス道場」みたいになってしまう危険性がある。
大事なことは、どう打球するかであって、いかに寸分たがわずに
トスを上げるかということではないのにみたいな。
もちろん、まったく安定しないトスなら、
フォームも含め、上げ方の練習をしたほうが良い。
ただ、ボール1個ぶんのブレも許さないようなこだわりは
正直、ナンセンスじゃないかと思うのだ。
大体、人間の調整能力はそんなにヤワではない。
数センチくらいトスの位置がずれたって、
そこに合わせてラケットを振り出すはずである。
それが証拠に、自分の思い通りには飛んでこない
サービス以外のショットもラケットに当ててしっかり打っている。
だから、体勢が崩れるほどのズレなら、やり直したほうが良いが、
多少の誤差ならじゅうぶん打てるのではないかと思う。
トスの精度にこだわりすぎて、延々とトスの練習をするのも、
実は時間の無駄じゃないのかと思うなぁ。
なんてことをボンヤリ思いながら、サフィンの試合を観ていたら
また寝てしまったのである。
2008年07月03日
お世話になってます
久しぶりな人と会った。
7~8年振りだろうか。
ワタクシにとっては、「千葉の母」ともいえる方、マサコさんだ。
入社して2年ほど経ったころだろうか、
ワタクシはトーナメント運営を担当していた。
年間5回、各大会400~800名ほどの参加者の大会だった。
その間にミニトーナメントも数大会開催していた。
レッスンも担当していたワタクシは、当然ながら、
大会会場での運営にはあたれない。
そこで、大会運営のチームが結成された。
スクール会員の方々、そしてそのお知り合いなど、
テニスを知る皆さんがメンバーとなってくれた。
メンバー全員が主婦の皆様。
そのまとめ役をしてくれたのが、マサコさん。
あちこちのクラブを飛び回っていたワタクシに代わり、
トーナメント運営を切り盛りしてくれた。
いや、ワタクシ以上に働いてくれたと思う。
当時、トーナメントはほとんどが手作業だった。
大会案内発送から受付、ドロー作成まで、
膨大な作業を手でこなしていた。
まだ、ノート型のワープロが出始めのころで、
PCが爆発的に普及する少し前のことだ。
そんな中、マサコさんはすべての作業をシステム化した。
大会参加者にIDを割り振り、申し込み受付から
ドロー作成までをパソコンで自動処理できるようにしたのだ。
もちろん、本人にはプログラミングの知識は無い。
協力してくれたのは、ご主人。
しかし、そのご主人も、少し詳しいだけの素人。
OSもウインドウス98が出る前のことだった。
そう考えるとスゴイことである。
マサコさんには、ワタクシと同じくらいの年の息子さんがいる。
そんなこともあってか、よくお弁当をつくってきてくれた。
「息子のをつくるついでだからいいのよ」なんて言って。
当時のワタクシのお昼は、マサコさんによって支えられていた。
色々な悩みも聞いてもらった。
「そうよね~ウンウン」なんて言いながら、
お説教もせず、とことん話を聞いてくれた。
ご自宅にもよく呼んでもらった。
夏休みは別荘に連れていってくれた。
ご主人、息子さんたち、みんなで歓迎してくれた。
一人暮らしのワタクシを、ほとんど家族のように扱ってくれた。
月日が経ち、ワタクシの担当業務が変わったり、忙しくなったり、
様々な環境の変化で、何となく疎遠になっていた。
とてもお世話になったご主人は数年前に亡くなった。
マサコさんにも、息子さんが結婚したり、
お孫さんが出来たりと変化があった。
仕事もそうだが、今のワタクシがあるのは、
マサコさんとその家族によるところが大きい。
彼女がいなければ、今の仕事は出来ていないと思うのだ。
そんなマサコさんの家に久し振りにお邪魔した。
久し振りな感じはしなかった。
そして、相変わらずなのだが、「お腹空いてるでしょ?」と
ご飯をつくってくれた。

(昼なのに豪勢だ・・・)
時間が無くて、あまり話しできなかったけど、
またゆっくりお邪魔しようと思った。
思い起こせば、結構いい年のここまで来るのに、
色々な人たちにお世話になってきた。
入社前にいたテニスクラブでは、会員さんたちにお世話になった。
お金の無いワタクシに、「コーチ、試合頑張って」と
試合前にみんなでポロシャツを買ってくれたり、
誕生日には、「どうせお祝いしてくれる人もいなんだろ?」
なんて、ホームパーティーを開いてくれた。
また、「ご飯食べに行こうよ」と、よくご馳走してもらった。
あの皆さんがいなければ、仕事をやめていたかもしれない。
今の会社に入ってからだが、船橋市で酒屋さんを営む
H澤さんご夫婦にもお世話になった。
ワタクシのレッスンでテニスをはじめたご夫婦だ。
「お客様とはプライベートな付き合いをしない」という
ワタクシの主義を、商売人ならではのフレンドリーさと
強引さ(笑)で中央突破したご主人。
「どうせひとりなんだろ?」と、お酒から食事から、
旅行まで誘っていただいた。
酒屋さんだから、夜は遅い。
ワタクシがレッスンを終えて、帰宅する22時過ぎが食事時。
毎晩、「今日はカツカレーだよ。寄る?」と連絡がくる。
結婚するまで、ワタクシの夕食は毎晩、H澤さんの家だった。
今も家族ぐるみの付き合いだ。
他にも言い尽くせないほど多くの人にお世話になった。
なぜかいつも、何かと助けてくれる人たちが周りにいた。
思えば、本当にありがたく、幸運なことだと思う。
多くのみなさんのおかげで、この場所にいられることを
忘れないように頑張ろうなどと思った次第である。
7~8年振りだろうか。
ワタクシにとっては、「千葉の母」ともいえる方、マサコさんだ。
入社して2年ほど経ったころだろうか、
ワタクシはトーナメント運営を担当していた。
年間5回、各大会400~800名ほどの参加者の大会だった。
その間にミニトーナメントも数大会開催していた。
レッスンも担当していたワタクシは、当然ながら、
大会会場での運営にはあたれない。
そこで、大会運営のチームが結成された。
スクール会員の方々、そしてそのお知り合いなど、
テニスを知る皆さんがメンバーとなってくれた。
メンバー全員が主婦の皆様。
そのまとめ役をしてくれたのが、マサコさん。
あちこちのクラブを飛び回っていたワタクシに代わり、
トーナメント運営を切り盛りしてくれた。
いや、ワタクシ以上に働いてくれたと思う。
当時、トーナメントはほとんどが手作業だった。
大会案内発送から受付、ドロー作成まで、
膨大な作業を手でこなしていた。
まだ、ノート型のワープロが出始めのころで、
PCが爆発的に普及する少し前のことだ。
そんな中、マサコさんはすべての作業をシステム化した。
大会参加者にIDを割り振り、申し込み受付から
ドロー作成までをパソコンで自動処理できるようにしたのだ。
もちろん、本人にはプログラミングの知識は無い。
協力してくれたのは、ご主人。
しかし、そのご主人も、少し詳しいだけの素人。
OSもウインドウス98が出る前のことだった。
そう考えるとスゴイことである。
マサコさんには、ワタクシと同じくらいの年の息子さんがいる。
そんなこともあってか、よくお弁当をつくってきてくれた。
「息子のをつくるついでだからいいのよ」なんて言って。
当時のワタクシのお昼は、マサコさんによって支えられていた。
色々な悩みも聞いてもらった。
「そうよね~ウンウン」なんて言いながら、
お説教もせず、とことん話を聞いてくれた。
ご自宅にもよく呼んでもらった。
夏休みは別荘に連れていってくれた。
ご主人、息子さんたち、みんなで歓迎してくれた。
一人暮らしのワタクシを、ほとんど家族のように扱ってくれた。
月日が経ち、ワタクシの担当業務が変わったり、忙しくなったり、
様々な環境の変化で、何となく疎遠になっていた。
とてもお世話になったご主人は数年前に亡くなった。
マサコさんにも、息子さんが結婚したり、
お孫さんが出来たりと変化があった。
仕事もそうだが、今のワタクシがあるのは、
マサコさんとその家族によるところが大きい。
彼女がいなければ、今の仕事は出来ていないと思うのだ。
そんなマサコさんの家に久し振りにお邪魔した。
久し振りな感じはしなかった。
そして、相変わらずなのだが、「お腹空いてるでしょ?」と
ご飯をつくってくれた。

(昼なのに豪勢だ・・・)
時間が無くて、あまり話しできなかったけど、
またゆっくりお邪魔しようと思った。
思い起こせば、結構いい年のここまで来るのに、
色々な人たちにお世話になってきた。
入社前にいたテニスクラブでは、会員さんたちにお世話になった。
お金の無いワタクシに、「コーチ、試合頑張って」と
試合前にみんなでポロシャツを買ってくれたり、
誕生日には、「どうせお祝いしてくれる人もいなんだろ?」
なんて、ホームパーティーを開いてくれた。
また、「ご飯食べに行こうよ」と、よくご馳走してもらった。
あの皆さんがいなければ、仕事をやめていたかもしれない。
今の会社に入ってからだが、船橋市で酒屋さんを営む
H澤さんご夫婦にもお世話になった。
ワタクシのレッスンでテニスをはじめたご夫婦だ。
「お客様とはプライベートな付き合いをしない」という
ワタクシの主義を、商売人ならではのフレンドリーさと
強引さ(笑)で中央突破したご主人。
「どうせひとりなんだろ?」と、お酒から食事から、
旅行まで誘っていただいた。
酒屋さんだから、夜は遅い。
ワタクシがレッスンを終えて、帰宅する22時過ぎが食事時。
毎晩、「今日はカツカレーだよ。寄る?」と連絡がくる。
結婚するまで、ワタクシの夕食は毎晩、H澤さんの家だった。
今も家族ぐるみの付き合いだ。
他にも言い尽くせないほど多くの人にお世話になった。
なぜかいつも、何かと助けてくれる人たちが周りにいた。
思えば、本当にありがたく、幸運なことだと思う。
多くのみなさんのおかげで、この場所にいられることを
忘れないように頑張ろうなどと思った次第である。






