天から粉
薄力粉とか小麦粉とか、そういいう粉の種類みたいな
「てんからこ」っていう粉の名前じゃなくて、「てんからこな」って読む。
先週末、ピッチャーをしながら、ロージンバッグをいじっていたら
突然思い出したことがあったのだ。
少し話は脱線するが、昔の記憶がどんどん無くなっていく。
小・中・高校の頃の記憶などは、ほとんど無い。
何年生の時に何組だったとか、担任の先生は誰だったとか、
クラスメイトにはどんな人がいたとか、ほとんど覚えていない。
もちろん、自分の教室が学校のどのあたりだったかも
全然記憶に無いのだ。
これって何なのだろう?
定期的に脳のハードディスクから取り出されることの無い、
あまり必要とされないデータは、クリーンアップウイザードで
消去されていくのだろうか?
または、現在の居住地が違うから、普段の生活や風景から
記憶が連想される機会が無いからだろうか?
まさか、若年性アルツハイマーじゃないよな?
いずれにしても、昔の記憶はかなり断片的だ。
そんな記憶の断片が、ロージンバッグの粉によって蘇った。
高校3年生の夏の日、学校の廊下を歩いていた。
なんで歩いていたかというと、休み時間だったからだ。(たぶん)
誰かに名前を呼ばれて、振り向いた。
振り向いた瞬間、衝撃とともに、目の前が真っ黒というか、
真っ白というか、とにかく視界が無くなった。
加えて、息苦しい。
何かが顔面にぶつかってきたのだ。
状況が分からずに、顔に手をやると、
なにやらクリーム状ものが手についた。
パイだった。
TVでしか見たことがないが、よくコントなどで使う
パイ投げ用のパイだった。
初めてのパイは、視覚よりもクリームの感触からだった。
しかも、顔で感じるとは。
どうやら、隣のクラスが学園祭に向けて、
ドッキリカメラの撮影をしていたらしい。
パイがぶつけられるところから、リアクションまで、
一部始終がビデオに収められたようだ。
確かにドッキリだ。
学校の廊下を歩いていて、
顔面にパイが飛んでくるとは誰も思わない。
顔を洗い終えて、廊下に戻った。
すると、撮影クルーのそいつらはこう言った。
「ついでと言っちゃあなんだけど、『ドッキリ大成功~!』の
カットを撮りたいから協力してくれないか?」
まあネタになるならと承諾した。
指定されるままに、校舎の外に校庭に向けて立った。
両脇には、仕掛け人の二人がプラカードを持って立った。
カメラは校庭から、校舎側のこちらに向いている。
「俺たちが、ドッキリ大成功!って言ったら、
ピースサインしてくれよ。じゃあ本番!」
なぜかカメラが校舎の上階からパーンして、
自分たちを撮りはじめた。
一瞬、疑問に思ったが、すでに本番だったので、
演技に集中することにした。
「ドッキリ大成功!」と両脇の二人が言った。
そして、なぜかススッと、両脇に離れていった。
直後、ピースサインをしたワタクシの頭上に何かが振ってきた。
振ってきたというよりも、大量に落ちてきた。
目の前と周囲が真っ白になった。
それは、バケツいっぱいの粉だった。
小麦粉なのか、薄力粉なのか、それは分からない。
石灰でなかったとは思う。
とにかく、真っ白な粉を思い切り浴びた。
訳が分からず、ピースサインのまま固まるワタクシ。
その後、「なにすんじゃぁ~!」と、校庭を逃げ回る
仕掛け人を追いかけるワタクシ。
白い粉の煙をなびかせ、トムとジェリーのアニメか、
機関車のようだったらしい。
文化祭当日の上映会は大好評だったらしい。
「悪かった、ごめん!でも、クラス会のたびに上映させてもらうよ」
そのクラスがクラス会をやっているのか、
本当に上映しているのかは知らないが、
顔面パイも全身粉まみれも、なかなか出来ない
貴重な体験ではあった。
そんなことを、思い出した野球の試合だった。
・・・って、集中してないってことだ。